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電子カルテが止まれば、
診療も止まる
群馬大学病院が考える
医療 IT 基盤の条件

序文

電子カルテやオーダリングは、いまや医療現場に欠かせない基盤となっている。必要な情報をすぐに確認できなければ、診療の質や患者安全に影響する。さらに、サイバー攻撃やシステム障害によって基幹システムが止まれば、診療の継続そのものが危うくなる。今、問われているのは、単なる情報漏えい対策ではない。平時には医療の質と経営効率を高め、非常時には安全な状態へ迅速に戻せる基盤をどう設計するか。群馬大学医学部附属病院の取り組みは、医療機関に求められるミッションクリティカル基盤の条件を示している。

サイバー攻撃は、いまや「漏えい」ではなく「診療停止」の問題である

サイバー攻撃は、いまや「漏えい」ではなく「診療停止」の問題である

医療機関のサイバーリスクは、従来の情報漏えい中心の議論から大きく変わりつつある。電子カルテ、オーダリング、検査、画像、地域連携、オンライン資格確認、クラウドサービスといった仕組みが複雑につながる現在、どこか一つの障害が診療全体に波及しやすくなっているからだ。「医療におけるサイバーリスクの本質は、情報が盗まれること以上に、必要な情報が見られなくなり、診療が止まることにあります」と話すのは群馬大学医学部附属病院 システム統合センターの鳥飼 幸太氏だ。

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国立大学法人群馬大学医学部附属病院
システム統合センター 副センター長・准教授
博士(工学)・医学物理士
鳥飼 幸太氏

とりわけ医療では、システム停止がそのまま診療遅延、検査停止、薬剤オーダー停止、救急受け入れ制限につながる。一般企業における業務停止とは違い、その影響は患者の生命や安全にまで及ぶ。医療機関に求められるサイバー対策は、IT資産を守るためだけのものではなく、診療を継続するための備えとして捉え直される必要がある。

「守ること」だけでは足りない。 医療が求めるのは“戻せる力”だ

「守ること」だけでは足りない。医療が求めるのは“戻せる力”だ

こうした環境で重要になるのが、サイバーセキュリティとサイバーレジリエンスを分けて考える視点である。攻撃を受けにくくし、被害を小さくするのがセキュリティだとすれば、レジリエンスは攻撃や障害が起きることを前提に、診療を止めず、止まっても早く安全に戻す力を指す。医療の現場では、防御の強化だけでは十分ではない。侵入や停止を完全に排除できない以上、切り離し、代替運用、証拠保全、復旧までを含めた設計が不可欠になる。

「重要なのは、復旧を単なるIT作業として捉えないことです。医療におけるレジリエンスとは、データを戻す技術ではなく、患者への医療提供を継続するために、臨床、運用、技術を一体で機能させる能力です。もはやサイバー対策は、システム部門だけの話ではなく、医療の質と安全を支える基盤そのものだと言えます」。

群馬大学病院が見直したのは、「電子カルテの真下」だった

群馬大学病院が見直したのは、「電子カルテの真下」だった

群馬大学病院の取り組みで注目したいのは、単にバックアップを強化したのではなく、診療の中核を支える基盤そのものを見直した点にある。同院は電子カルテ環境の刷新にあたり、レスポンスタイム短縮、インフラコストの最適化、データセキュリティ対策の強化を課題に据えた。とくに重要なのは、電子カルテの「真下」にあたるストレージ層を、性能と復旧性の両面から再設計したことである。

背景には、電子カルテが病院機能の中心にあるという認識がある。「診療録は法令上の保存義務を負うだけでなく、目の前の患者に何を行うかを判断するための基礎情報でもあります。カルテが見られなくなれば、診療はたちまち不安定になる。だからこそ、まず戻すべきものは電子カルテであり、その直下の基盤をいかに安全な状態で保てるかが重要になります」。

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レスポンスの速さは利便性ではない。 医療安全そのものである

レスポンスの速さは利便性ではない。 医療安全そのものである

さらに特徴的な論点と言えるのが、ストレージ性能と医療安全の関係だ。一般には、レスポンスの改善は利便性向上として受け取られがちだが、医療現場では意味がまったく異なる。「カルテを開くまでに30秒かかる環境では、確認したい場面でも閲覧をためらいます。一方、数秒で開ける環境であれば、必要な情報を都度確認しながら診療を進めやすくなる。確認行動が増えることそれ自体が、医療安全の向上につながるわけです」。

群馬大学病院では、従来20〜21秒だった電子カルテのレスポンスが、刷新後に1〜2秒程度まで改善したという。ストレージは表に出にくいインフラだが、その性能は診療の質と効率を左右する見えない前提条件になっている。

バックアップがあるだけでは不十分。 「戻せる仕組み」をどうつくるか

バックアップがあるだけでは不十分。 「戻せる仕組み」をどうつくるか

ランサムウエア対策というと、まずバックアップを思い浮かべる向きが多い。だが医療の現場では、バックアップがあること自体に大きな意味はないと鳥飼氏は説く。「重要なのは、有事の際に、いつの時点に、どの範囲を、どの順序で、どれくらいの時間で戻せるかが説明できること。電子カルテ本体だけでなく、部門システム、認証基盤、ネットワーク機器設定、端末環境、帳票、外部連携、ベンダー連絡体制まで含めて復旧を考えなければ、実際の診療再開にはつながりません」。

とくに問題になるのは、データ量が大きい医療システムでは「書き戻す時間」そのものが復旧のボトルネックになることだ。「遠くにバックアップを持っていても、回線や構成次第では復旧に何日もかかります。復旧可能性を担保するには、オフラインまたはイミュータブル(書き換え不可能)なバックアップ、権限分離、複数世代管理などを考慮した上で、できるだけ迅速に、安全な時点まで戻せる仕組みが必要なのです」。

基盤投資はコストではなく、医療の持続性を支える経営判断である

基盤投資はコストではなく、医療の持続性を支える経営判断である

医療機関の情報基盤をどう整えるかは、IT部門の話にとどまらず、経営判断そのものだ。経営責任とは予算を配分することだけではなく、必要な機能を組織の中に持つことでもある。「実際、医療情報システムを全体最適で設計し、ベンダーに依存しすぎずに判断できる人材が院内にいるかどうかで、選べる基盤は大きく変わります。医療DX人材を持つこと自体が、サイバーレジリエンスの前提になるのです」。

こうした基盤投資は、平時の診療効率と非常時の復旧力を同時に左右する。医療の持続性を支えるのは、現場の努力だけではない。必要な性能、可用性、復旧性を備えた基盤にどう投資するかが、経営の意思決定として問われている。これは医療に限らず、ミッションクリティカルな業務を担う企業にも通じる視点だ。

医療を守ることは、地域と社会を守ることでもある

医療を守ることは、地域と社会を守ることでもある

医療機関はすでに重要インフラの一角を担っている。「サイバー攻撃によって病院機能が止まれば、その影響は院内にとどまらず、地域医療全体へと広がります。制度面でも、医療情報システムの安全管理やIT-BCP整備は強く求められるようになっており、サイバーレジリエンスは個々の病院の努力目標ではなく、社会基盤としての医療を守る要件ではないでしょうか」。

そう考えると、医療機関に求められるのは、攻撃を受けないことだけを目指す発想ではない。止まらないこと、止まっても戻せること、そのための組織、運用、基盤を平時から整えておくこと。それこそが、ミッションクリティカルな領域におけるサイバーレジリエンスの実像だ。群馬大学病院の取り組みは、その条件を具体的に示していると言えるだろう。

鳥飼 幸太(とりかい こうた) 国立大学法人群馬大学医学部附属病院 システム統合センター副センター長・准教授。博士(工学)、医学物理士。 2023年から防衛医科大学校デジタル化推進本部推進補佐官を務める。  日本HL7協会国際委員会委員長。医療情報学、医療DX/標準化/AIエージェント開発、医療サイバーセキュリティを専門とする。電子カルテをはじめとする医療情報全体のアーキテクチャ設計・実装・運用を担当するほか、現在複数の厚生労働省科学技術研究に携わり、医療機関におけるIT-BCPの策定のほか、アクティブサイバーレジリエンス向上や医療CIO/CISOに関する調査研究・組織提案を推進している。

平時の効率、非常時の復旧力
医療基盤に求められる二つの価値

医療機関における情報基盤は、単にデータを蓄える場所ではない。日々の診療を支える“現場そのもの”であり、その設計の違いが、医療の質や効率に直結する。群馬大学病院の取り組みで特徴的なのは、ストレージの性能とレジリエンスを別々の課題として捉えなかった点にある。高パフォーマンスなストレージと、イミュータブルな保護機能を組み合わせることで、平時と非常時の双方に価値をもたらす基盤を構築している。

平時においては、電子カルテの応答性能の向上が診療の質を左右する。カルテをすぐに開ける環境は、医師や看護師による情報確認の頻度を高め、判断の正確性を支える。結果として、診療の安全性と効率性の両立につながる。また、処理性能やデータ効率の向上は、運用負荷やコストの抑制にも寄与し、経営の観点からも無視できない効果をもたらす。こうした平時の要件を支える基盤として、EverpureのFlashArrayが果たす役割は大きい。

一方で、サイバー攻撃やシステム障害が発生した場合には、同じ基盤が“診療を止めない力”として機能する。イミュータブルな保護機能によって、万が一データが侵害された場合でも、安全な時点に確実に戻すことが可能になる。重要なのは、バックアップの有無ではなく、どの程度の時間で、どこまで戻せるかという復旧力であり、それが診療再開の速さを決定づける。EverpureのSafeModeは、こうした考え方を支える保護機能の一つとして位置づけられる。

このように、性能とレジリエンスは本来トレードオフの関係ではない。むしろ両者を一体で設計することで、連続した価値を生み出すことができるのである。

※ 本記事のオリジナルは日経電子版に掲載されたものです。

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